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【ツインバード】グローバル・ニッチな技術を活かす。
医療分野で大きな功績を認められたツインバード社のスターリング冷凍技術。


2023年3月28日、帝国ホテルで、日本ファッション協会主催の「日本クリエイション大賞」表彰式がありました。家電レポートで、ファッションが出てくるのは、ちょっと妙な気もしますが、同協会は「“ファッション”とは、生活を豊かにするものすべて」と定義していますので、広い視点で、色々なことを表彰することができます。
2023年大賞を受賞したのは、なんと家電メーカー。
 

大賞トロフィーを持ち、受賞スピーチを行う、
ツインバード社長 野水氏。創業家 三代目。


 
燕市の(株)ツインバード(旧 ツインバード工業。時間に関係なく、このレポートでは、ツインバードと表記)。受賞は、「燕三条の職人気質がつむいだ、安全で環境に優しい冷却システム。ワクチン接種を支える」ことに対してでした。

●フリーピストンスター
リングクーラー模式図。


 
ツインバードは、グローバル・ニッチと言えるフリーピストンスターリングクーラー(以下FPSC)の製造社として知られています。このクーラー、熱力学の教科書には必ず出てくるほど有名ですが、一般的にはあまり知られていません。と言うのは、理論的に良い技術と作りやすい技術は異なるからです、が、今回のコロナワクチンのように、24時間常に正確な温度管理が必要な場合は、真っ先に思い浮かぶ技術でもあります。

パーティー式の受賞会場で、同じテーブルに広報担当の人がいらしたのでお話を伺いました。それは「技術はある」と評されながら八方塞がりの日本と通じるものがありました。

 
◼️FPSCとは何か?
皆さんは、中学、高校で「エネルギー保存の法則」を習ったと思います。閉じた環境では、エネルギーは光、電気、熱など形式を変えても、同じエネルギー量を持つと言うものです。

例えば「位置エネルギー」を「回転エネルギー」に変えて、タービンを回し「電気エネルギー」に変換、発電する水力発電は、90%以上の発電効率を誇ります。同じ形式の「力学エネルギー」ですから、ロスはすごく少ないのです。しかし、これが火力発電になると最高でも70%弱になります。それは天然ガスなどを燃やし、水をスチーム化しタービンを回すからです。「熱エネルギー」が絡むと一気にエネルギー効率は悪くなります。熱エネルギーは、それほど扱い難いのです。

スターリングクーラーと言うのは、スコットランドのロバート・スターリング牧師が1816年に発明した「理論」です。熱効率が高いスターリングエンジンを応用した冷却器で、エネルギーロスが極めて小さいのが特徴です。製品化できると、小型、軽量、正確無比な温度コントロールができ、その上省エネとなります。

 
実はモノというものは、理論に忠実で、理想的なものほど作りにくい傾向にあります。クルマのエンジンで、上下運動でなく回転運ど作り出す、ロータリーエンジンは、理想的とされ世界のカーメーカーがこぞって挑戦しました。そして唯一生産まで漕ぎ着けたのは、日本の広島のマツダだけでした。作るのにまる4年。マツダの存亡をかけた開発でした。

●マツダ 初代コスモスポーツ。
2015年東京モーターショーにて


マツダがロータリーエンジンを、新型コスモに搭載しました。当時、ぶっちぎりでかっこいいスポーツカーでした。発売当時は、「帰ってきたウルトラマン」のMATカーとして、最近でも「ヱヴァンゲリヲン新劇場版 破」で葛城ミサトの愛車として登場します。以降、サバンナに搭載、ラリーフィールドで活躍しますが、オイルショックで一旦退きます。

が、それでも諦めません。起死回生を期したライトウェイト・スポーツカー サバンナRX-7として復活します。
また、モータースポーツにも再挑戦。今度は最も有名な耐久レース「ル・マン 24時間」です。そして、1991年、ロータリーエンジンで世界初、日本メーカーでは初めてのルマン総合優勝を遂げます。
RX-7のモデルFC、FDは、漫画「頭文字D」で高橋兄弟の愛機として登場します。

とても高名なエンジンといえます。

●スターリングクーラー。
隣のペットボトルと比較すると小さいことがわかる。


閑話休題。話を元に戻しましょう。

似た感じの生い立ちですが、FPSCは知る人ぞ知るという感じです。
理由は、このクーラー民生用でないからです。当初は民生用を考えていたのですが、生産がすごく難しく大量生産ができないのです。ちなみにFPSCの組み立て精度は、自動車エンジンの10倍の精密度が要求されます。これ機械で組むのはほとんど無理なレベル。特注の生産機械ならできる可能性はないことはないと思いjますが、回収不可能に思えるような投資になりかねません。それほど量産し難しいのです。

量産化が難しいとなると、いくら理論的に優れていても、普及しません。「スターリング」という名前は、知っていても、モノを見たことがない人が多いのは、それが理由です。

 
◼️なぜ、ツインバードは、スターリングクーラーを作ろうと思ったか?
ツインバードのFPSC事業は、20年以上前に経営判断をして、先代の社長(創業家二代目。現社長の父親)が始めました。開発を始めたそもそものきっかけは、故 佐々木正 氏(元シャープ副社長も務めた技術イノヴェーター、アドヴァイザー。ソフトバンクの孫 氏、アップルのジョブズ氏との関わり合いは有名。)から「ツインバードこそ、FPSCの事業化に取り組むべき。独自技術のない会社に未来はない」と強く勧められたからだそうです。

FPSCは、北米のパートナー企業に技術指導を頂いた上に、燕三条地域の金属加工の技術を集結して、量産化に成功しました。しかし製造ラインは手組みですから、台数を出すことはできません。当初は、民生用のクーラーボックスに使うつもりでしたが、当然、採算が合いません。

 
しかし、視点を変えてみると虎の子とも言える「グローバル・ニッチ技術」を手中にしたのも事実です。グローバル・ニッチ技術というのは、世界に類例のない技術。この技術がハマるところを見つければ、悠々左うちわです。
が、代替え品があると話は別です。マツダのロータリーエンジンは世界に類がありませんが、クルマのエンジンはいろいろなメーカーが作っています。そうなると売れない。その技術が宝かどうかは、売れるかどうかにかかっているわけです。

ツインバードは、4分野(医薬・バイオ分野、食品・物流分野、化学・エネルギー分野、計測・環境分野)に絞り込み、産業用途としての、FPSCのニーズをリサーチました。
そんな中、有名なのは、宇宙ステーションに採用されたことです。が、宇宙ステーション自体が少ないですから、量としては微々たるものです。一方、4分野のうち、医薬・バイオ分野は、温度指定での運搬ニーズもあり、その中でも有望でした。

そんな中、発生したのがパンデミック。世界的なコロナ禍でした。

 
◼️厚生省からの無理なオーダー
2020年夏、ツインバードは、全国でのワクチン接種のために厚生労働省や製薬会社からFPSCの注文を受けました。
求められた台数は、翌年春までに1万台でした。

それまでの生産能力は月300〜400台と言いますから、通常生産量の約10倍増産しなければ間に合いません。しかも生産は職人の手組み。人数さえいれば、なんとかなるという話ではありません。
私は医療関係の友だちが多いのですが、この話をすると多くの人は「私なら断るね。」即答しました。「納期遅れによる、人の命の責任は取れない。」 医療ビジネスは、普通より、より確実を、信用が求められる世界だからです。

 

⚫️納品コンテナ(フタを開けたところ)


 
現場を説明しましたが、厚生労働省の担当者も引き下がりません。「1億2千万人の国民の命を守る」と言う大命題があるからです。持ち帰り検討することになりました。

 
似たように思える事例に、コロナ禍、春先に発生したマスク不足があります。
国内量産ラインを真っ先に立ち上げたのはシャープ。1ヶ月の短期立ち上げでした。それを可能にしたのは、シャープが使っていない液晶テレビのクリーンルームを持っていたからです。

自社の今の設備、人員でできる増産は嬉しいものです。
しかし、今回はそんなものでは済みません。増員、建屋増築の問題が出てきます。付け加えるとツインバードは規模的に大きなメーカーではありません。運転資金の問題も出てきます。さらに言うと、投資した後の需要も見込まなければ投資もできません。

まず必要な建屋の打診です。新しく作るとなると、かなり時間がかかりますので、真っ先にチェックをしたわけです。
しかし、新規建屋を作るにははあまりの短納期であるため、全業者が断ってきたそうです。

 
一方社内でも、協議を続けます。断ることはできるでしょうが、ワクチン接種スタートなどが遅れたら、みんなに迷惑をかけることになります。その中には、当然自分の家族も含まれます。

その中で出たアイティアは、今工場で作っている家電を外部業者に委託。社内の技術職をFPSC生産に集中させる。また、建屋は、工場に隣接している家電倉庫の中の家電を外部倉庫に移し、倉庫を空にし、そこに組み立て部屋を作って生産ラインを確保するというものです。ツインバードは家電がメイン事業。それを一旦外に出し、事業的には大したことがないFPSCを作ろうというわけです。失敗しても、国から補填されるわけではありませんし、非常時です。納期遅れをすると、人命が損なわれるかもしれません。当然、決断には大変なプレッシャーがかかります。

が、その時の社内は「長年投資してきたスターリング冷凍機技術が国難を救い、人々の命を守ることに貢献できるのであればチャレンジしようじゃないか」と言う雰囲気だったそうです。自分で自分を鼓舞し、増産にチャレンジすることになりました。

 
🔳増産の実際
まずは、工場、生産場所の確保です。新規建屋は、短納期すぎて受けてくれるところがなかったのは前述の通りです。そのため社内にある倉庫内の活用を考えました。倉庫内にある在庫製品を外部委託倉庫へ移動し、スペースを確保。そこに内部工場として増産ラインを設置できるようにしました。

 

⚫️倉庫内建屋写真


⚫️手組み写真


 
製造ラインは、既存の製造ラインを全てワクチン運搬庫の製造ラインに変更することで確保しました。
ただし誰もが組めるわ家ではありません。技術五輪並みの能力が求められるからです。人員配置には、大いに気を配ったそうです。

また昔から付き合いのあった取引先には、専務が全ての協力工場を回り、協力を直接お願いしたそうです。状況を理解してくれ、ワクチン運搬庫製造のために、人員協力をしてくれる会社もあったそうです。
燕三条地域は、ものづくりの町。この地域の職人は昔から頼まれたら一肌脱ぐ、誰かのために労力を惜しまない風土が根付いている。そんな土地柄だからかもしれません。

 
まるで漫画のような、テレビドラマのような話ですが、うまく行くときはいろいろなことがプラスに作用します。心配は杞憂に終わり、納期通り完納。日本でのワクチン接種は実施されました。

 
◼️FPSC事業の今後
そうなるとこれからのことが気になります。

5月から始まった高齢者や基礎疾患のある人向けの新型コロナウイルスワクチン配送に対応して、ワクチン運搬庫のメンテナンス(リフレッシュサービス)5千台の追加受注がでたそうです。

が、ツインバードは、それだけに留まらず、まずは「医療分野のスタンダードな冷凍技術のポジションを確保」をしたい考えです。ただ、それはちょっと難しいかもしれません。と言うのは、人の命を常に一社に預けるわけにはいかないからです。今回は成功しましたが、失敗していたら、国民へのワクチン接種は遅れていたわけで、国中不安感が蔓延したでしょう。またトラブルが起こった時は、即対応する必要があります。臨床医療は時間との戦いでもあるので、即対応しかありません。

ただ今回、大きな足跡を残したことは事実。しかしそれでも医療分野でのスタンダード化は、それだけ難しいのです。

また医療分野は今の調子で行くとしても、他の分野への進出も必要でしょう。
が、グローバル・ニッチであるから成り立つところがあるので、常に市場規模と自社規模に注意する必要があります。

 
また、もう一つ重要なことがあります。それは技術継承です。特に人的ノウハウが必要なものは、ある種、徒弟制のような訓練が必要になります。日立ジョンソンコントロール社で技能五輪へ挑戦する若者を取材したことがありますが、寝ても覚めても、技術習得。指先の感覚が全てですから、一度身についても維持するために毎日訓練します。本当に、大変です。

 
しかし、グローバル・ニッチな技術は芽吹けば大きな武器になります。今回はコロナ禍で、ワンステップ高みに立ったわけですが、それもツインバードが粘り強く事業を続けてきたからに他なりません。グローバル・ニッチな技術は強力な武器ですが、それを花開かせるためには、いろいろな要素が必要なことがよくわかります。

今回は「増産」と言う、今まで使わなかった要素を使うことにより、足らないものが明確になったわけです。次にすべきは、他分野ニーズの掘り起こしです。グローバル・ニッチは進行スピードは遅いのですが、進み始めると一気に様変わりする瞬間があります。

今後、ツインバードの動きに注目したいと思います。

(このレポートは、2023/05/13 Wedge Online掲載レポートを加筆修正)
 
 


 

 
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2023年6月13日

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