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独ミーレが“世界唯一の高級家電”たる理由
〜独ミーレ社 解体新書 その2〜


前回、独ミーレを数字で確認しました。今回は、製品で確認してみたいと思います。
■ミーレのエピソードが語ること
前回、ロックコンサートと共に旅するミーレ洗濯機のエピソードを書きました。先頃亡くなった、D.ボウイ2016年1月16日死亡も利用したのかも知れないと思うと、彼のファンでもありますので、込み上げるものがあります。

それはさておき、この『旅する洗濯機』は、ミーレが、ほぼ世界で唯一の高級家電と称される理由の1つを如実に表しているのです。

 
■100年持たねぇ!
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左甚五郎作と伝えられる東照宮「招き猫」
確かに100年以上の生命力を持っている

昭和の名人と賞された落語家、三代目・桂三木助1902年3月28日 – 1961年1月16日。人情噺「芝浜」は芸術祭賞奨励賞を受賞。の得意噺に「三井の大黒」三代目 三木助の最後の高座も「三井の大黒」でした。があります。

大工の神様とまで賞された左甚五郎が江戸に出てきたときの話です。
京都から江戸に来た左甚五郎は、ひょんな事から、江戸の大工・政五郎の家に居候します。ただわけありで甚五郎ではなく、名前を忘れた渡り大工としてですが。
暮れも押し迫ると、江戸の大工は、本業とは別に、余った板でちりとり、雪かき、踏み台をなどを作って、酉の市などで売り、餅代に当てたようです。その様な噺は次の様な感じです。

「このあいだね、あっしが踏み台をこしらえていたらね、(甚五郎が)見てやってね。『この踏み台は100年持たねぇ。』って、あたりまえじゃないか! 長生きする野郎だと思ったね、あっしは。踏み台が100年も200年も持つかッテいうんだ!」

何気ない触りですが、名人のエッセンスここにありという感じですね。流石に、世界遺産を作り上げる人は違いますね。

昔から、いいモノは「丈夫で長持ち」するのです。
長く使えるので、結局はお得。だからイイものなのです。

 
■ミーレの選択
長い歴史を持つ会社は、必ず幾つかの大きな判断を求められることがあります。その中の1つは、「どんな製品を作るのがイイか」ということです。

ミーレが下した判断は「品質がいいこと」。当然、丈夫で長持ちなことは入ります。

具体的に言うと、ミーレは20年間、壊れずに使えることを想定して設計されています。
そのために、普通のメーカーが樹脂を使う部分に金属を使う。金属だと値も張りますが、長く使えます。

別の例を挙げましょう。

今は違いますが、昔、録画にビデオテープが使われていた時代がありました。その技術を応用したモノが、一般民生用としてVHS、βですから、30代以上の人は馴染みがあると思います。

さて、放送局用のビデオテープと、一般用ビデオテープ(ハイグレード)どちらが画質はイイか、ご存知の方はいらっしゃいましょうか?
唖然とする人もいらっしゃるかも知れませんが、答えは僅かながら一般用ビデオテープが上なのです。

ビデオテープの特性はいろいろな要素のバランスが取れて成り立ちます。つまり、Aという特性を落とせば、Bという特性を上げる余地が出てくる。つまり、画質を落とすと別の特性を引き上げることができるとお考え下さい。

業務用のビデオテープが選択したのは、地上のどんな所でも録画できるタフネスさです。
お金を掛けて、南極へ取材に行く。寒さでテープが止まりました。南米のアマゾンへ行く。湿度でテープが止まりました。
それでは、プロの道具として務まりません。

そうなのです。

ミーレは品質を追い求めます。
設計を、素材を、工程を吟味して、品質を上げます。その結果がタフネスを含む高品質。
都市伝説のようなミーレのエピソードも、それを裏書きするモノです。
ミーレは高級家電と称されます。念には念を入れた高品質な作りが理由の1つだということが分かります。

高品質にこだわるミーレは、いろいろな素材も自社内でかなり作り込みます。
溶鉱炉ですら持っています。鉄鋼事業部を持っているわけではなく、自社製品をよくするための溶鉱炉です。

 
■アポロ計画で、月に行った時計は、通りの時計屋で売られていた
同様なエピソードがあるのが、スイスの時計会社、オメガ社ですね。
アポロ計画の時、どの時計を使うのかで悩み抜き、通りの時計屋で売っている時計を買い占めテスト。
結果、そのまま使われ、月まで行ったのは余りにも有名な話です。

が、その品質主義が災いして、スイスの時計業界は1970年後半壊滅的な様相を呈します。

これを打破したプロジェクトが「スウォッチ」です。
安価でデザイン豊富なスイス時計。これが下支えとなり、高級機械時計は生き残ったわけです。

 
■ミーレの先進性
先ほど、時計の話を持ち出しましたが、1973年世の中は大きく変わります。

「オイルショック」。ここから、高くていいモノから、安くてそれなりにいいモノへと、ゆっくり変わりつつあったユーザーの意識が変わります。

「安い」ものは正義。

以降、家電は使い捨てられる時代となります。スイスの時計業界が辛酸を舐めたように、高級品が売れない時代にもなります。
そうなると高級工業製品を作っていたメーカーは大変。

ミーレも、そうかなぁと思い、聞いてみました。
ところが、この時期、ミーレは業績を大幅に伸ばしているのです。それは、ミーレの先進性に答えがありました。

 
■家事を考える
1899年、撹拌式のクリーム分離機から身を起こしたミーレは、洗濯機、食器洗い機と扱う製品を拡げていきます。
これは、「より良い生活のため、家事をサポートするため」です。

そして1960年代後半、ついにキッチンへと辿り着きます。

その時の研究を、ちょっと数字で教えて頂きました。これが、なかなか意味深いです。

当時のドイツの総人口は、約5,800万人。
そのドイツ人が、1日キッチンで過ごす(家事をする)時間が5,000万時間。
それを最大で60% 削減できる、というのが研究結果だったそうです。

結果、ミーレは『キッチン』を発売します。
家電ではなく、『キッチンを』です。
これはスゴい。メーカーは新分野は敬遠しがちです。キッチンは家電ではないですからね。

家事を楽にという「目的」のために、キッチンを作るのは「手段」です。
目的のためには手段を選ばずは、目的遂行のための鉄則ですが、いつの間にか手段が目的を縛っていることが多い。
このブレがない所、天晴れと言うしかないです。

タイミングも良かったですね。
本格的な女性の社会進出が始まった時期です。どうしても家事の時間は短くです。これと同時期に発売、普及したのがシステムキッチンです。

ミーレ社に残っている数字を取り上げて、当時を見て見ましょう。

1973年当時ミーレで販売されたシステムキッチンの約48%が、旧式型からの買い替えだそうです。
毎年45万という新婚カップルの誕生、100万世帯が引っ越しというのも見逃せない数字です。

女性も外で働き稼ぐというのが普通になりつつあった欧米で、毎日しなければならない炊事の時間を、60%とまでいかないにせよ、大幅に短縮できるということは、仕事と家庭を両立させる一番欲しい道具だったと思います。

いずれにせよ、旧式のキッチンはどんどんシステムキッチンに取って変わられて行ったわけです。

 
■システムキッチンがもたらしたビルトイン

初めのビルトイン型オーブン「H620」
1968年発売

ミーレと言えば、「ビルトイン」デザイン。
歴史は結構新しく、1968年のオーブン、食洗機が一号機になります。これは、システムキッチンに合わせてデザインされました。

システムキッチンの特長は3つあります。
1つ目は、ミニマムであること。
2つ目は、動線を考えた配列で機器を並べることができるので、能率的であること。
3つ目は、規格、工業製品なので、それまでのキッチンに比べ、安いということです。

ここで考えてみてください。
日本の様に家電は置いておく方法だと、作業スペースが確保できません。
自然乾燥が好きな日本では、家電は別棚にするとしても、食器かごを、システムキッチンの作業スペースにおいてあることが実に多い。
これでは、「ミニマムスペースで最高の効率」は出せません。

特に欧米では何をするにも、小麦粉からスタートですから、こねる、伸ばすという作業は必須で、そのためには

スペースが必要です。
その昔、アパートメントなどでは、共有スペースでパンなどは作っていたと聞いたこともありますが、共有スペースを使う限り、時間的な自由度は確保できません。

もうお分かりですね。

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初めてのビルトイン型食洗機「G50」

システムキッチンの性能をフルに発揮する家電スタイルが、ビルトイン型なのです。
しかもキューブ型の大きさが揃った家電は、並び替えが極めてし易い。自分の動線に合わせた配置、つまり自分がもっとも動きやすい配置が可能と言うことです。

ちなみにビルトイン家電の基本幅は60cm。手のサイズからできた長さの単位で言うと、約2尺。
尺貫法はメートル法に取って変わられましたが、実際にモノを作ったりするときは、人間のサイズを使った長さの方が収まりがいいです。

そして家事を楽にするために、システムキッチンを発売。
それに最も合うデザインがビルトインということです。

システムキッチンを活かすビルトイン型家電が出て以降、欧米では卓上型からビルトイン型へのシフトが行われます。
ミーレは、家事の負担軽減としてシステムキッチン、そしてそれに最も有効な家電としてビルトイン型の調理家電を提案。新しい世界を創出したわけです。

最後にトリビアを。

システムキッチンは和製英語。このスタイルのキッチンを欧米では、「ビルトイン・キッチン」と呼ぶそうです。

 
■脱帽の作り
このビルトイン型のキッチン家電ですが、実に作りがイイ。

今の家電は電子制御ですから、熱に弱いのですが、キッチン家電は煮炊き用ですから発熱します。それでも外に出してある分には問題ないのですが、ビルトインですから、木枠に入っています。つまり熱が逃げにくいのです。

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IHクッキングヒーターの裏側。ファン2つで冷却を行う。


ミーレのオーブンは徹底して熱を庫内から逃がさない仕様。このため見えない部分も非常にキレイなデザインです。
庫内に熱が溜められるということは、温度上昇もはやいですし、保温性もイイ。省エネ型の家電でもあります。

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ビルトイン型オーブンの天面。
特別な放熱用パーツはなく、コンセントも熱に気を使わない設置が可能。


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ビルトイン型オーブンの裏面。非常にスッキリしたデザイン。


亡きスティーブ・ジョブスが、ミーレの家電を大変気に入っていたのは有名な話ですが、普段見えない部分がきれいに作られているのを見て思い出したのは、オールド・マッキントッシュ。

当時のウィンドウズマシンの裏パネルなどは、いじると手が切れそうな雑な作りで、家電の「誰でも安全に」とは全く違うものでした。
それに比べると、マッキントッシュの優美なこと。

この作りの良さは、ミーレのビルトインは、ちゃんとした枠さえあれば、素人でも取り付け自由であることにも繋がります。例えば、位置を入れ替えるのも簡単。トライ&エラーで、自分に最適な動線を探ることも可能です。
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止めは両サイドネジ止めで行う。
釣り上げ型ではなく、置いて設置するタイプなので、これで十分。


そして、構造もシンプルかつタフ。
中でも、扉の動きを左右するヒンジの頑丈さは特筆に値します。しかも手入れのことまでいろいろ考えてあり、手入れがとても簡単です。
自分の使うモノはしっかりメンテナンスをする。これは高耐久性品のセオリーです。いっぱい使ってやって、時々ケア。人間の身体と同じ事です。

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オーブン内部。パーツの作りが大きく、人の手で対応可能。


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上ヒーターは、手前に引き下げることができる。
手入れし易い。


そうそう、写真はないのですが、このビルトイン家電、内側には品質チェック者の手書きサインがあるそうです。

初期の一体型マッキントッシュ、すなわちMacintosh 128Kや512K、そしてMacintosh Plusには内部ケースに開発に関わった人たちのサインが刻印されています。
相通ずるものがあります。また江戸の腕に覚えのある大工も、天井裏に自分の名前を書いていますからね。そういう意味では現代の匠の製品とも言えます。

 
■20年飽きない製品
20年使える製品と、20年使う製品とは意味がかなり違います。飽きなかった、嫌いにならなかったということです。
20年という時間は決して短くないです。赤ん坊が成人できる期間です。

商品企画をする時、どんな製品が難しいかというと「飽きない」製品です。

これに対し、特長ある製品というのは比較的作りやすい。
しかし、この特長の扱いが厄介です。魅力である一方、飽きられたり、嫌われたりするのも、この特長だからです。

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長く使うには、飽きないこと。


20年耐久性があるデザインというのは非常に大変です。
これを行うミーレの、デザイン(ここでは企画、設計を含む)チームは、とても大変です。

2015年秋に、お話を聞いたときには、31人の意見が一つにまとまるまで議論すると言います。
31人ですから、当然おいそれとはまとまってくれません。数年掛かるそうです。

出てくるデザインは、キッチンだけでなく、リビング他、キッチンを内包する部屋、隣接する部屋とのハーモニーを考え抜くそうです。
文字で書くのは簡単ですが、それを成し遂げるとなると本当に大変です。

 
■高級家電とは
人はミーレに対し「高級家電メーカー」と言う言葉を使うことが多いです。

 
しかしミーレの製品を紐解くと、品質第一、性能第一であることが分かります。
それは、彼らにとって自分たちの製品が作り出す世界を信じて、曲げないと言うことです。そして、その製品を世の中が必要としている時に出す、ということです。

「メーカーは最終的に製品でしか語ることを許されない」というのが、私の信条ですが、ミーレの製品群は、雄弁にいろいろなことを語りかけてくれます。そして日本のメーカーが見失ったモノを、未だに持ち続けていると思います。

最後に、ミーレのキッチンの今について書いておきます。

キッチン自体はミーレは現在扱っていません。2005年に譲渡したそうです。理由は、システムキッチンが世界のどこにも充分浸透し、ビルトイン家電の販売だけで、いろいろな部屋とのハーモニーが可能になったからだそうです。

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2016年のFiera [Milano salone] 見本市より、最新の台所の例。
家電は使う度に出すか、ビルトイン型が前提となる。

■ミーレの製品に課題はないのか?
では、ミーレの製品に課題はないのかというと、そうではありません。

「千里の馬も伯楽に逢わず」という昔の故事があります。

伯楽とは、古代中国、春秋戦国時代にいたとされる馬の名鑑定師。彼が振り返るだけで、馬の値が10倍になったというのですから、凄まじいモノです。このため「伯楽」という言葉は、よくプロ野球のスカウトなどに使われています。

私は、先ほど「ミーレの製品群は、雄弁にいろいろなことを語りかけてくれます」と書きましたが、これが分からない人も多い。
少なくとも、全ての人が家電の伯楽であるわけではありません。

このため出てくるのが「価格」。価値をお金に換算したモノです。

ミーレ製品は、それなりの価格がします。20年保てるわけですので、基本2倍。しかも、それは他社のビルトイン製品に比べてです。

ビルトインは、枠にはめるため、大きさが必要です。言い方を変えると、原料を多く使って、大きく作るというわけです。

また、価値は、「価値観」という言葉がある様に、人により大きく違います。
ミーレのプライス・リストを見せると「高いなぁ」と思う人が大半だと思いますし、
モノが分かっている人でも右から左へ出せる価格ではないと思います。
その上、他の家電メーカーと比べると、機能はよく使うモノに絞ってあります。となると、使いやすくはあるが、多機能とも言えません。

要するに、スイスの高級時計が落ち込んだ「売れない」という可能性は常に付いて廻るのです。
元値が高いですから、買えないとなると、本当に売れなくなります。高級品と言われた製品を作るメーカーは、この洗礼を受けています。

私が見る限り、ミーレは『会社』として、ここに対応していると思います。
それが「会社としてのミーレ」、次回のお題でもあります。

⇒To be continued

 
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